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京都精華大学国際マンガ研究センター第一回国際会議

2009/12/19

12月18日、今日と国際マンガミュージアムで開催された、京都精華大国際マンガ研究センター主催の国際会議に参加してまいりました。
諸般の事情で、前半の次世代シンポジウムにしか出席できなかったのが悔やまれますが、とりあえずは次世代シンポについてまとめてみようと思います。

本シンポジウムは、「世界のコミックスとコミックスの世界――グローバルなマンガ研究の可能性を開くために」と銘打たれ、外国人研究者や、翻訳・海外マンガ研究で活躍中の若手研究者による日本のマンガのみによらない、世界に開かれた場としてのマンガ研究に関する提言を主題とした、マンガを研究する上での新たな枠組みについてを考えるための研究発表およびディスカッションが行われていました。

次世代シンポジウムは、合計6人の研究者によって発表が行われ、マンガ論の枠組みの今後を考えるにはどうしたらいいか、今現在世界中に存在する”マンガ様”の表現メディアを学術的に語るにあたっての”手落ち”の指摘など、非常に示唆にとんだものでした。
その中でも、ネラ・ノッパ氏とパトリック・W・ガルバレス氏がそれぞれ議論の対象とした、ファンアート、おたく文化に関する発表が個人的に非常に興味をそそられました。
大まかな発表内容は

ノッパ氏
・マンガを論じる際には、”プロ”として出版社から作品を出版している作家のみが注目されがちだが、アンダーグラウンドとして押しのけられている二次創作(ファンフィクション等のファン活動)の流れも非常に大きく、無視するべきではないのではないか。著作権という法律に抵触するから、という理由で黙殺していては、かつてアカデミックな場において”コミック(マンガ)研究”が軽視されていたことと同じ轍を踏むことになりかねないのではないか。

ガルバレス氏
・二次創作もオリジナルも含む同人活動は、かつてのアングラとしての劇画と同様、メインストリームのメディアとしてのマンガからは切り離されたエッジの部分として、より個の欲望に接近したクリエイティヴセンターとしての役割を果たしている。また、同人活動からプロになる=アングラで修練を積み、スキルアップすることで、メインカルチャーにも通用する実力を得て表舞台に立つ作家もたくさんいることから、同人というアングラ部分も、出版されたマンガと同様に研究対象として考慮に入れるべきである。

いずれも、何か大き業績やインパクトを伴った作品・作者を扱う、権威主義的なところがあるマンガを論じるフィールドに対する疑問を投げかけています。
確かに、話題になるのは時代を変えた、あるいは表現のあり方を変えたとされる作家や作品が注目される傾向にあり(当たり前のことですが)、アマチュアの作家や著作権ギリギリの部分にある二次創作としてのファン活動は、まだまだ十分に語られていないな、とは感じられます。
両氏とも、権威付け云々以前に、プロもアマも描いているのは”マンガ”の様式の作品なのだから、同等に考えるべきではないか、と述べていました。
私個人としても、二次創作的な作品(マンガなりイラストなりいわゆる同人グッズなり)を作る、という経験も含めた読書経験――石田佐恵子*によって指摘された、より深い作品世界への耽溺としての模写、という文脈とひきつけると、二次創作物も読者が作品を読むことで感じた欲望をアウトプットする、という意味で模写同様の作品への耽溺と理解できます――であると考えていますので、作品受容論の側面からも、こうしたおたく活動は論じられるべきだと考えております。
対象の裾野があまりに広過ぎる、という問題や一次資料としての同人誌の入手が難しい(論者は所有していても、論文読者が入手できるとは限らない)という問題があるので、一朝一夕で論じることは出来ないとは思いますが…。
タフな課題である分、語る上での可能性は多いにあると考えられます。

*石田佐恵子「〈少女マンガ〉の文体とその方言性」『コミックメディア 柔らかい情報装置としてのマンガ』1992年 NTT出版

PSPソフト:ペルソナ3ポータブル(P3P)

2009/11/18

日本もいよいよ立冬を過ぎ、本格的に冷え込んでまいりました。
冷え性の私にとってはきついシーズン到来です。
色々と備えをしなくては…。
さて、そんなことよりレビューです。
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書籍を持つ、ということ。

2009/11/8

http://4510plan.jp/360/newscolumn/11248/
相方から投げられたこの記事、なるほど確かにマンガをデジタルベースで読むための地盤が整いつつあるってことですね。
しかしまあ、デジタルと紙と双方に利点はあるし、どちらがメディアとして正しいのか?という議論はナンセンスなので、ペーパーレスでお得感漂うデジタルマンガの技術が台頭しても、相変わらず紙媒体の単行本が出版され、デジタルベースで発表された作品さえも書籍として単行本化されるのか?デジタル化の時代に紙媒体で出版することの意味についての意見を書き散らしてみたいと思います。
記事に関しては、デジタルで原稿を作る、という点とデジタルベースで作品を発表する、という点が綯い交ぜになっている感がしますが、ここではデジタルベースでの作品発表云々に関してのお話をしようと思います。
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『ねこにゆ~り』kodomo兎

2009/10/2

知人が編集で一枚噛んでおりました、kodomo兎氏の『ねこにゆ~り』についてレビューを書いていこうと思います。
ちょっと書評めいたことは初めてなので、ドキがムネムネしております。ムネムネ。
ついでに、萌え四コマは普段あまり読まないジャンルなので、ジャンル内の流行やら動向がよく分かっていない部分があり、適切な評価が出来るかがかなり怪しいところです。一マンガ読みのたわごとと受け取っていただければ。
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東京ゲームショウ2009 その2

2009/09/27

昨日の記事の続きです。

今日はちょっと”無双”というゲームシリーズについて思ったことをつらつらと書いていこうと思います。
非常に有名なタイトルですので、ご存知の方はご存知とは思いますが、『三国無双』『戦国無双』に代表されるコーエーの主力シリーズで、一騎当千の武将を操って、数千の敵を相手に戦場を駆け巡るアクションゲームでございます。このゲームの開発をしているω-Forceというチームが『Zill O’ll』シリーズの最新作『トリニティ・ジルオールゼロ』を開発中というのは、昨日の記事の通りです。このシリーズは、PS,PS2,PSPでそれぞれ発売されているのですが、ジャンルはオーソドックスなRPGでした。ですが、『トリニティ…』は無双スタイルのアクションRPGになったのです。TGSでトレーラーを見てて感じたんですが、これ、どう見ても魔法攻撃がついた無双です。舞台が中世ヨーロッパ風の無双です。世界観は過去のシリーズと地続きなんですが、ここまで雰囲気変わるか?!と。実際にストーリーを追ってプレイすれば話は別なんでしょうが、ムービーを見る限りでは本当に無双にしか見えなくて参りました。映像として華のある戦闘シーンを切り抜いたことが要素としては大きいのだと思うのですが、システムがストーリーを食っている珍しい例だな、と非常に複雑な気分。

『トリニティ…』のトレーラーと同時に『TROY無双』も上映していたのですが、これはなんと言いますか、無双シリーズの汎用性の高さが垣間見えたいい例のように感じられました。無双というゲーム様式があれば、割と何を突っ込んでもそれなりに面白くなるんじゃないかしら。一つのシステムに固執することは、進歩の否定だし、いつかは飽きられてしまう危険性や、微細な差異を消費する構造に対する危機感みたいなものも感じられますが。

さて、さんざっぱら能書きを垂れてきたわけですが、ここからちょっと会場とかそこら辺の報告をば。
何より残念だったのが、ほとんど試遊が出来なかったことですね。もう少しプレイアブルの台を増やして欲しかったなあ、と。あと、出展しているのがほとんど大手で、中小がほとんど出ていなかったのが少々残念。アトラスとかね、期待してたんですけどね。ゲーム業界の苦境が影響しているんでしょうか…。なんというか残念。
大手のポテンシャルは相当感じられたんですけどね。

東京ゲームショウ2009

2009/09/26

本日(9月26日)、東京ゲームショウ2009に友人らと足を運んでまいりました。
8時過ぎに会場に着いたのですが、やはり人出が凄い。
FinalFantasy13の試遊を始めとする整理券はほぼ瞬殺状態。
うまくFF13の整理券を入手できればなあ、と思っていたのですが甘かった…。
ブースで、他の方がプレイしているのを見られたからいいですけどね。

やはりというか、ビジュアルは相変わらず凄いです。
街並みもキャラクターの造形も非常に美しい。
演出過剰になって、プレイヤーの想像力の入り込む余地が無くなったり、他のゲーム性を削いでしまうのは、映画とどう違うの?という問題と繋がって、どうかと思うのですが、やはり技術力は凄いと認めざるを得ません。
戦闘も非常にテンポよく進んでいて、敵を蹂躙する爽快感は傍から見ていても相当ありました。これ、意外と面白いんじゃないかしら…。

他にはCAPCOMのブースで大神伝のトレイラーとロストプラネット2のトークショーを見たり、コーエーのブースでトリニティ・ジルオールゼロとTROY無双のトレーラーを見たりしてきました。
大神伝は、前作大神の雰囲気そのままに、うまくDSにマッチする画質に落としてあって、続編としてはいい感じに感じられました。
一緒に見た友人が言っていた「DSは3Dと見せかけたドット絵だよ」という言葉に妙に納得させられました。
ローポリゴンの少々荒めで、省略(デフォルメ)された画面は、決してリアルな(目で見たままに近いという意味での)描写はできません。ですが、ある程度の身体を持ったキャラクターの図像と彼らの動きを与えることは可能です。プレイヤーは彼らの動く記号的な身体とリアルな身体の動きを想像力を動因することで埋めることができる。
ローポリゴンのゲームを遊ぶことで働かされる想像力は、ドット絵という限られた色・サイズ・動きのキャラクターによって構成されるゲームをプレイする時に用いられる想像力とほぼイコール(多少は弱くなっているかもしれませんが)であると考えられます。そして、その現実とのギャップを埋め合わせる想像力の入り込む余地が、ゲームに描かれる世界の解釈の幅となり、物語を追いかける以外の楽しみを生むのではないか、と考えるのです。(先に挙げた、FFに見られる”映画のような”表現は、世界を固着し、想像力を硬直させてしまう可能性があるのです。)
そう考えると、先に挙げました友人の言葉は、PSPと比べると劣った画像表現力に劣るDSのソフトを面白いと感じるメカニズムをうまく言葉にしたな、と思えます。

長々と語ってしまいましたが、とりあえずちびテラスが可愛かったです。
子犬たまらん。
無双シリーズやら、他のゲームやらに関しても言及するべき点があるのですが、ちょっと長くなりそうなんで今日のところは見送りの方向で。TROY無双とトリニティ・ジルオールゼロについては明日書く予定。

サンデー・マガジンのDNA展

2009/09/18

去る8月21日、川崎市市民ミュージアムで開催された『サンデー・マガジンのDNA』展に足を運んできました。
同展は、週刊少年サンデー、週刊少年マガジンの創刊50周年を記念して企画された特別展で、小学館と講談社の全面的なサポートの元で、両誌の代表的な作家の貴重な原画が数多く展示されていました。以前に開催された、『少女マンガパワー!』展に劣らず、非常に貴重な展示だったと思います。(特に、手描き原稿を間近――それもトーンの削り具合、重ね具合まではっきり見えるくらい!--で見られる機会は、そうそうないですからね)

展示室の入口でチケットを購入し、中に入ると、まずサンデー・マガジン両誌の創刊から今日までの連載作品が通路を彩っておりました。年表といっても、年代と作品名が文字で並んでいるような味気ないものではなく、それぞれの作品の主人公達がちりばめられた、非常に華やかなものでした。

オンタイムで読んでいた時期の作品のキャラクター達を見ると、昔を思い出してちょっとわくわくしましたよ!あれは非常にいい作り方だと思います。

年表の通路を抜けると、いよいよ展示のスペースに入ります。

まずはサンデー・マガジン双方の歴代作家陣のサイン入りオブジェ(Gペンの形をしたオブジェが2基)がお出迎えしてくれました。大体のサインは崩し字で書かれていて、判読に困ったのですが、添えられたイラストやサインに盛り込まれたキャラクターのデザインなどから、大体どの作家なのかは理解できるのは、漫画ならでは、と申しましょうか。

展示は大まかに分けて4つのセクションに分かれていました。

・壁沿いにぐるりと原画の展示

・中央スペースを囲むように年代ごとの流行物や代表的な連載作品、物価などをまとめた年表+キャラグッズ等の物品展示

・監修の夏目房之助によるサンデー・マガジンに関する解説パネルと、ジャンル別の系譜をDNAモデルにたとえたオブジェ

・出口付近に、トキワ壮組と編集とのやり取りの歴史、高橋留美子・あだち充の愛用品とアイデアノート、サンデー・マガジン両誌の歴代編集長の仕事模様をまとめたパネルなどが収められたスペース

以上のように分けられていたのですが、正直ちょっと関連性に欠ける部分があったかな…と。貴重な原稿や、時代背景を示す資料、仕事場を思わせる物品など、資料としては非常に魅力のある展示だったと思うのですが、今ひとつつながりが弱く感じられました。特に、原画の展示はもう一ひねりあっても良かったのかな、と。

展示のされ方が非常にベーシックな、年代を追うように代表的な作品を並べる手法だったのですが、キャプションの情報が少なく、予備知識無しではその関連性がいまいち汲めないのではないか、と少し心配。あと、個人的には中央スペースのDNAモデルと連動して見ることができる工夫があったらもっと分かりやすかったと感じました。ちょっと距離があったのが残念。

もうひとつ、キャプションについてなんですが、特にカラー原稿に関しては使用メディア(コピック、カラーインク、CG等)の表記があったらもっとよかった。これはオタク的な受容かもしれませんが、マンガを描く技術や道具というものは日本独特のものであるし、憧れの作家がどうやって作品を描いているのか、という部分は非常に興味を呼び起こす要素だと思うので、そこのところの情報が欠けてたのが少し不満。

ひとしきり気になる部分を挙げてきたわけですが、個人的には原画を間近でじっくり見られただけでもう満足。特に、紙ベースで描いている作家さんの原稿は、細かい手仕事の跡や切り張りやらのテクニックが見られるので、始終ニヤニヤしっぱなしでした。

原稿関係で少し突っ込んだ話をするなら、やはりデータ原稿の展示物としての扱い方ですかね。今回の展示では、紙に出力した上で作者の直筆サインを添えて展示してありました。元々マンガというメディアは複製ありきのものなので、博物館・美術館で取り扱う上でのオーソライズというのは非常に難しい問題なんですよね。その中で、オリジナルとしての原稿というものが、一回性という価値のあるもの(印刷に出ない指示書きや、修正の跡などの有無の点で)として扱われ得るものだとされる部分があるはずなんですよ。でも、紙に直接書き付ける原稿ならその一回性は確保されるかもしれないんですが、データ原稿となると、いくらでもコピーもできるし出力も出来ちゃうわけなんですね。そうなると、展示や収集に値するのかという問題が出てくる。今回の展示では、サインを入れることでそれをクリアしているんですが、今後マンガを専門に収蔵する施設(国営マンガ喫茶(笑)は立ち消えになりそうですが)がこういう原稿をどうやって権威付けするかがちょっと気になりますね。

しかし、やはりここまでの数の原稿を一挙に見られる、というのが何よりも大きかったな、というのが総合的な評価点です。人気のあった作品に絞っていたにせよ、サンデー・マガジンという二大メジャー誌の50年の歴史――読者に好まれる絵柄の変化であったり、テーマの変化、画面の作り方が洗練されていく様など――をビジュアルとして感じることが出来る機会はそうそうないですからね。

京都にも巡回するそうなので、関西圏の方も是非。