ハヤカワ文庫:『ミストボーン』シリーズ

今年も御多分にもれず夏風邪を引きました。きどころです。冬には引きません。

今回は趣向を変えて、海外ファンタジー小説を紹介しようと思います。
ハヤカワ文庫から刊行されている、ブランドン・サンダースン著『ミストボーン』です。

千年の昔、”即位(のぼり)の泉”より神の力を賜り、世界を平定する絶対の力を得た”支配王”が治める「終の帝国」。この世界では”支配王”を頂点とし、血統により地位の保証された一握りの貴族階級が、”スカー”と呼ばれる奴隷階級の民を圧政によって支配しています。
千年の長きにわたって絶大な力により押さえつけられてきたスカーの民が、一人の英雄とその意思を継ぐ者たちによって導かれ、革命を起こし、やがて世界の存亡をかけた戦いへと身を投じてゆく姿を描きます。

本作で主人公各を与えられているのが、スカーの少女・ヴィンです。
幼い頃に両親を失い、盗賊団の下働きとして虐げられながらも懸命に生きてきた彼女は、金属から不思議な力を引き出す”合金術”*1という魔術的な技術を持っていたことから――彼女はそれが”合金術”という体系であったことは自覚しておらず、「幸運」と呼び、詐欺の現場をうまく動かす運のようなものと思っていました――盗賊団の首領には幸運のお守りとして認識されており、生かさず殺さずの扱いを受けていました。
しかし、ある事件をきっかけに盗賊団から裏切りの嫌疑をかけられリンチを受けます。
その彼女を救ったのは、終の帝国の強制収容所「ハッシンの穴蔵」から唯一生きて逃げ延びた”生き残り”の男・ケルシャー――彼は、”合金術”の使い手の中でも特別な能力を持つ”霧の落とし子”*2と呼ばれる使い手の一派でした。彼らは元々一介の盗賊団でしたが、”霧の落とし子”としての力に目覚めたケルシャーは、”支配王”による千年の支配の打破を目指す革命者としての理想を掲げていました。
ケルシャーによって”合金術”の訓練を受け、”霧の落とし子”として覚醒したヴィンは、首都・ルサデルの貴族たちを探るスパイとして革命に関わり、やがてクーデターの中心人物として成長していくのです。
そして”支配王”打倒の後、バラバラになった有力貴族達を再び統合し、崩壊を始めた世界を修復するため、かつて”支配王”が辿った足跡を追い、滅び行く世界を救済する手立てを模索していきます。
当初は自我を押し殺し、他人を信用せず、ひっそりと隠れ生き延びることしか考えていなかったヴィンが、自分の能力の発露により一個人としての自信と自覚を取り戻し、信頼出来る仲間を得、人間性を取り戻していく様は胸を打ちます。
また、首都への潜入の際に出会った貴族の青年に恋をする女としての自分と、暗殺者(作中では「ナイフ」としての自分という風に表現される)としての自分との狭間で揺れるヴィンの姿は往年の少女マンガのごとく、やるせないハラハラ感を演出します。
最終的にヴィンが力あるものとしてどのような選択をするか、その点に注目して読んでいただきたいです。

本作でのもう一つの見どころは、ケルシャーやヴィンなど合金使いのキャラクターが繰り広げる”合金術”による戦闘シーンや駆け引きのシーンだと思います。
注釈の通り、合金術の素養を持った者は、異なる特性を持った金属を体内で”燃やす”ことによって、魔術的・超人的な力を発揮することができます。
多くの合金使いはこの基本金属の中の一種類しか扱えず、それぞれの能力に応じて「コイン打ち」、「壊し屋」、「けむり屋」などの二つ名で呼ばれます。
個々の金属を扱える”霧の使い”同士の駆け引き――特に感情を操る亜鉛使い「かき立て屋」と真鍮使い「なだめ屋」が相手に気取られぬよう、ひとつの力に長けたプロフェッショナルとしての技量を駆使し、場を支配してゆくシーンは、いかに相手を出し抜くかの心理戦で非常にワクワクさせられます。
また、基本8金属以外にも幾つかの未知の金属が存在し、中でも重要なカギを握るのがハッシンの穴蔵でのみ採掘される”アティウム”と呼ばれる金属です。
この金属は、その希少性から富と力の象徴とされていますが、その真価は合金術で燃焼させた時に現れます。
アティウムの効果は「他人の未来を見る」。戦闘に於いて用いれば、相手の行動、攻撃軌道を残像として見ることができ、一時的に完全無敵の状態となることが可能です。
”支配王”側もケルシャー達革命者側も、それぞれ切り札としてアティウムと、唯一アティウムを扱える”霧の落とし子”を抱えています。両陣の”霧の落とし子”同士の戦闘は、量的な制限のあるアティウムをいかに使い、また相手に使わせるかという駆け引き、そして他の金属をいかに使いアティウムの穴を補うかが絶妙の緊張感を生み出します。

このシリーズは『ミストボーン』、『ミストスピリット』、『ミストクローク』の三部作をそれぞれ3分冊で展開されていますが、冗長ではなく、それぞれのタイトルで読者を引き付ける山場を用意し、うまく盛り上げているのです。
首都・ルサデルにおけるクーデターから始まり、終の帝国全体を巻き込んだ権力闘争、蛮族の侵略、そして世界のシステムを巡る攻防へと、どんどん話が膨らみ、そしてクライマックスへと伏線を回収しながら収束してゆく様は、ファンの間で「サンダースンの雪崩」と表現される作者の特徴をよく表現していると思います。
特にシリーズ最終巻である『ミストクローク』の第3巻は、先が気になって一気に読んでしまうこと請け合いです。
ハイファンタジーが好きな方、「陰謀渦巻く社交界」「暗殺者の少女」「世の全ての伝承を受け継ぐ語り部」「支配者に隠された真実」「改竄された正史」といったキーワードにピンと来た方に諸手を挙げてお薦めできます。是非一度、この大河エンタメを体験していただきたいです。

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注釈
*1体内に取り込んだ金属を”燃やす”事により金属に秘められた力を引き出し、自らの肉体や他人の精神等に影響を与える術。
純金属とその合金で”押す力”と”引く力”の対となっています。
┌鉄 金属を引く(引き寄せる)
└鋼 金属を押す(打ち出す)

┌錫 感覚を増幅する(視覚、聴覚、触覚の鋭敏化)
└白鑞 身体能力を増幅する(筋力、治癒力の強化)

┌真鍮 感情をなだめる
└亜鉛 感情を掻き立てる

┌銅 合金術を隠す(青銅使いから仲間の合金術を見えなくする)
└青銅 合金術を暴く(合金術を使った時に現れる力の波動を知覚する)

上記8つの金属以外にも幾つかの「未知の金属」が作中で発見され、その力が深く物語に関わっていきます。

*2通常、”霧の使い”は一種類の金属しか扱えないが、”霧の落とし子”は術として扱えることが確認されている全ての金属を扱うことができる。

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